草に飲まれかけた坑口に、通行止めのフェンスが立っています。その奥は、まっすぐな暗がりが続き、遠くに小さく出口の光が見える。ひとつの隧道(ずいどう=トンネル)が、役目を終えようとしています。

株式会社熊剛組(宮城県気仙沼市)は、この隧道の閉塞工事を気仙沼市から受注しました。工期は2027年1月まで。トンネルを内部から充填し、坑口を閉じる工事です。

工事の話をする前に、どうしても書いておきたいことがあります。この隧道が、どれだけの人の生活を支えてきたか。そして、これを造った先人たちが、どれほどの仕事をしたのかということです。

この暗がりを、毎日たくさんの人が通っていた

ここは観光用のトンネルでも、高速道路でもありません。生活のための道でした。

山ひとつ隔てた向こう側に行くのに、山を越えれば遠回りになる。だからここを掘った。学校に通う子ども、畑や漁に向かう人、買い物に出る人。地域の人たちが毎日ここを歩き、自転車を押し、車で抜けていきました。

内部の写真を見ると、路面の両脇に落ち葉が溜まり、真ん中だけがきれいに残っています。通った人の足跡が、そのまま形になっているような光景です。誰も通らなくなった道は、こうして端から自然に還っていきます。

機械のない時代に、人の手で山を貫いた

坑口のアーチを見てください。石とコンクリートで巻かれた、丁寧な仕事です。中に入れば、天井のアーチが奥までまっすぐ通っている。

今なら重機と発破と、コンピュータで計算された支保工があります。しかし、この隧道が掘られた時代の土木は、その多くが人の力でした。硬い岩に鑿(のみ)を当て、土を運び出し、崩れないように木で支え、モルタルを塗り重ねる。地質は掘ってみるまで分からず、湧水が出れば作業は止まる。危険と隣り合わせの仕事です。

それでも彼らが掘り抜いたのは、「向こう側に行けるようにしたい」という、地域の切実な願いがあったからだと思います。工事の記録に残るのは数字と日付だけですが、この暗がりの一メートル一メートルに、名前の残らない誰かの手が入っている。

同じ土木の仕事をしている人間として、ここには畏敬の念しかありません。128年間、気仙沼で土木をやってきた会社として、その仕事を粗末に扱うことはできないと思っています。

「塞ぐ」ことも、人の安全を守る仕事です

ではなぜ、大切に使われてきた隧道を閉じるのか。

トンネルは、造ったら永遠に持つものではありません。長い年月のあいだに、コンクリートは中性化し、鉄筋は錆び、岩盤には水が回ります。覆工(トンネルの内壁)の一部が剥がれ落ちるようになれば、通行する人にとって危険な場所に変わります。

使われ方が変わり、代わりの道が確保されたあと、老朽化した構造物をそのまま残しておくと、こうなります。

  • 老朽化した覆工の落下、坑口斜面の崩落
  • 通行止めにしても入ってしまう人が出る(内部は真っ暗で、逃げ場がない)
  • 点検・補修に費用がかかり続ける

だから、安全に、確実に、閉じる。これが閉塞工事の目的です。壊す工事ではありません。役目を終えた構造物に、きちんと幕を引く工事です。

隧道閉塞工事は、何をするのか

ただフタをするだけなら簡単ですが、それでは空洞が残り、いずれ地表が陥没する恐れがあります。閉塞工事では、トンネルの内部そのものを埋め戻します。

  • EPS(発泡スチロール土木材料)による充填:軽量で施工性が高く、土砂で埋めるより地山への負担が小さい。ブロック状の材料を隧道内に積み上げ、空洞を埋めていきます
  • 硬質ウレタンの吹付:EPSでは埋めきれないアーチ天端の隙間などに吹き付け、空隙をなくします
  • 坑口部の閉塞・法面処理:入口をコンクリート等で閉じ、周囲の斜面を安定させます

暗く狭い空間での作業になるため、換気、酸素濃度の管理、退避経路の確保など、安全管理は通常の工事以上に神経を使います。土木の仕事は、こうして表からは見えなくなる部分にこそ手間がかかります。

先人が造ったものを、最後まで見届ける

熊剛組は明治31年(1898年)の創業から128年、気仙沼で土木工事を手がけてきました。護岸、防潮堤、道路、橋。この土地のかたちを整える仕事です。

その中で近年増えているのが、造る仕事ではなく、役目を終えたものを安全に処理する仕事です。人口が減り、暮らしの形が変わり、昭和の時代に整えられたインフラが更新の時期を迎えている。これは気仙沼だけの話ではなく、日本中の地方が同じ局面にいます。

造ることに比べれば、閉じる工事は地味です。完成しても、そこには「何もなくなった斜面」しか残りません。それでも、誰かがやらなければならない仕事です。

彼らの仕事の終わりを、同じ気仙沼の土木屋が引き受けられることを、光栄なことだと思っています。

長い間、この地域を支えてくれてありがとうございました。

最後まで、丁寧に仕事をさせていただきます。

気仙沼の土木・外構・解体は熊剛組へ

株式会社熊剛組は、明治31年(1898年)創業、宮城県気仙沼市の土木建設会社です。公共のインフラ工事で培った技術を、外構・解体・修繕といった民間の工事にも活かしています。

  • 電話:0226-22-5950(平日8:00〜17:00)
  • 対応エリア:気仙沼市を中心とした宮城県北部・岩手県南部
  • 建設業許可:宮城県知事許可(特-6)第1177号

記事執筆:熊谷圭悟(くまがい けいご)/株式会社熊剛組 代表取締役。宮城県気仙沼市の土木建設会社・熊剛組の5代目。元・財務省東京税関の職員で、東日本大震災を機に気仙沼へUターンし家業を継いだ。公共工事中心の事業を民間(外構・解体・リフォーム)へ広げる一方、さんりくDAO合同会社の共同代表として地域創生に取り組む。